役行者(役小角)
 大峯山の開山であり修験道の始祖である役行者(えんのぎょうじゃ)は、今から約1300余年前に現在の奈良県御所市茅原(ちはら)の里で出生されたと言われています。父は高賀茂真影麻呂(たかがものまかげまろ)、母は白専女(しらとおめ)と言い、名を小角(おづぬ)と名付けられました。
 当時、役行者は、この人跡未踏の大峯山中で、超人的な練行を積みました。しかし、いかに行者と言えども冬の大峯山は人の住めるところではありません。そこで、冬の間はふもとの洞川に下山し、その大半を過ごされたことは十分に推測できるところです。
 終焉の地は大峯山中とも箕面山であるとも言われ、68歳で遷化(せんげ)されたと言われています。この偉大なる先人はその一生を練行のうちに終わり、私たちに多くの教えを遺して世を去りましたが、行者壱千年の御遠忌に際し、寛政11年(1799)正月25日、光格天皇より過去の高徳と偉業によって、神変大菩薩(じんべんだいぼさつ)の諡号(しごう)を賜りました。
 茲来(じらい)壱千三百有余年、幾多の変遷にもかかわらず大峯の山々はその教えを伝え、今なおその徳を慕う同信の徒が全国より登山修行を続けており、日々の生活の中にその教えを生かし、多衆を誘導して現在に至っています。